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増田長盛とは?豊臣政権の実務官僚が関ヶ原で「どっちつかず」になった理由
【はじめに】 豊臣秀吉が天下を統一できた理由のひとつに「優れた実務官僚を使いこなした」ことが挙げられます。 その中でも増田長盛(ました ながもり)は、太閤検地・朝鮮出兵の兵站・大名としての領地統治と、幅広い分野で卓越した能力を発揮した人物で... -
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明智秀満(左馬助)——敵にも称賛された武将の実像と、語られすぎた伝説
【はじめに】 「光秀の右腕」と言われながら、その人物像は長い間、伝説の霧に包まれてきました。 明智秀満——「明智左馬助光春」という名で浮世絵に描かれ、浄瑠璃や講談で英雄化されてきたこの武将。しかし「光春」という名は同時代の史料には存在せず、... -
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明石全登とは?キリシタン武将の生涯と謎の失踪
【はじめに】 戦国時代の武将の中で、最期が「謎」のまま終わる人物は珍しくありません。しかし「江戸幕府が何十年にもわたって追い続け、それでも生死を確認できなかった」武将は、ほとんどいません。 明石全登は、そんな数少ない一人です。キリシタン武... -
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山内一豊とは?浪人から土佐20万石の大名になった武将の生涯
【はじめに】 「妻・千代の内助の功で出世した武将」として知られる山内一豊。しかし現代の研究では、その有名な逸話には同時代の史料的裏付けがなく、江戸時代に創られた美談である可能性が高いとされています。では、本当の一豊はどんな人物だったのでし... -
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南部晴政とは?北奥羽最大版図を築いた戦国大名の生涯
【はじめに】 「三日月の丸くなるまで南部領」という言葉を聞いたことはありますか?三日月の夜に領内に入ると、満月になるまで歩き続けても通り抜けられない——それほど広大な領土を支配した戦国大名が、東北にいました。その名は南部晴政(1517〜1582年)... -
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磯野員昌とは?信長の本陣に迫った浅井軍の猛将・その波乱の生涯
【はじめに】 「信長の本陣に迫った武将が、最後は農民になった」――こんな人生、想像できますか? 戦国時代、浅井軍の最強先鋒として名を馳せた磯野員昌(いそのかずまさ)。圧倒的な劣勢の中、姉川の戦いで織田軍の防衛ラインを次々と突破し、信長を恐怖... -
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長宗我部盛親とは?関ヶ原・大坂の陣・八尾の戦いを生きた土佐の大名
【はじめに】 「長宗我部」といえば、四国を統一した元親のイメージが強いですよね。では、その息子・盛親についてはどうでしょう? 実は盛親は、関ヶ原の戦いで一度も戦えないまま領地を失い、14年もの浪人生活を経たのち、大坂の陣で徳川方の精鋭部隊を... -
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吉川広家とは?関ヶ原で軍を動かさなかった武将の真実
【はじめに】 関ヶ原の戦いで西軍が敗れた原因として、「小早川秀秋の裏切り」がよく知られています。しかし実はもうひとつ、決定的な要因がありました。南宮山に集まった約3万の西軍の大部隊が、合戦中ずっと動かなかったことです。 その鍵を握っていたの... -
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縁故より実力——豊臣五奉行筆頭・浅野長政の生涯
【はじめに】 「秀吉の義弟なのに、なぜ正面から秀吉に反論できたのか?」 浅野長政(1547〜1611年)を知ると、そんな疑問が浮かびます。豊臣秀吉の正室・ねねと義理の兄妹にあたる縁故を持ちながら、単なる取り巻きではなく、実務の最前線を走り続けた人... -
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豊臣と徳川の板挟みになった男——片桐且元とは何者だったのか?
【はじめに】 「裏切り者」か「忠臣」か——今も評価が分かれる戦国武将がいます。 片桐且元。秀吉子飼いの武将として「賤ヶ岳七本槍」に名を連ね、豊臣秀頼を長年支えた忠臣が、晩年はかつての主家に砲撃を加える立場に立ちました。 なぜそうなったのか。彼...