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History
島左近ー「三成に過ぎたるもの」と謳われた名将の真実
【はじめに】 「治部少に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」——この有名な落首を、あなたは聞いたことがあるでしょうか。関ヶ原の戦いで石田三成とともに敗れた武将、島左近。江戸時代の講談や軍記物では「鬼左近」として恐れられ、主君のため... -
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直江兼続―「愛」と「義」を貫いた戦国の執政
【はじめに】 兜に「愛」の文字を掲げた戦国武将をご存じでしょうか。直江兼続―その名は、武力だけでなく知恵と情によって乱世を生き抜いた稀有な人物として、現代にも語り継がれています。 徳川家康に対して堂々と反論した「直江状」、関ヶ原の敗戦後も一... -
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山本勘助は実在した!戦国武将の実像と伝説を史料から読み解く
【はじめに】 片目と片足が不自由ながら、武田信玄の軍師として活躍した山本勘助。大河ドラマや時代小説で描かれるこの人物は、長い間「架空の存在」と考えられていました。しかし1969年、一通の古文書の発見が歴史学界に衝撃を与えます。山本勘助は本当に... -
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戦国の自由人・前田慶次ー傾奇者として生きた武将の真実
【はじめに】 家督を奪われ、権力の座から転落した男は、どのように生きたのでしょうか。 戦国時代、織田信長の一声で将来の当主の座を失った前田慶次(利益)。彼は失意に沈むどころか、派手な衣装と型破りな行動で世間を驚かせる「傾奇者(かぶきもの)... -
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片倉小十郎景綱ー伊達政宗を支えた「知」の参謀
【はじめに】 「独眼竜」伊達政宗の名を知らない人は少ないでしょう。しかし、その政宗を陰で支え続けた名参謀の存在をご存じでしょうか。片倉小十郎景綱――豊臣秀吉と徳川家康という二人の天下人から直臣への誘いを受けながらも、生涯を通じて政宗への忠義... -
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大谷吉継ー義に生きた豊臣政権の実務家と関ヶ原の悲劇
【はじめに】 関ヶ原の戦いで石田三成とともに散った武将・大谷吉継。「病を押して友のために戦った悲劇の武将」として知られていますが、実はその人物像には多くの謎と誤解が存在します。私たちが「史実」だと信じていた茶碗の逸話は、実は後世の創作かも... -
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石田三成―豊臣政権を支えた実務官僚の実像と悲劇
【はじめに】 「関ヶ原の戦い」で徳川家康に敗れた石田三成。戦国時代のドラマや小説では、しばしば「冷酷な官僚」「戦下手な武将」として描かれます。しかし、最新の歴史研究が明らかにする三成の実像は、通説とは大きく異なるものでした。豊臣秀吉の天下... -
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小西行長-信仰と外交に生きた戦国のキリシタン大名
【はじめに】 関ヶ原の戦いで敗れた武将が、武士の誇りである切腹を拒否した―。この一見「臆病」とも映る行動の裏には、命を賭してでも守り抜いた信仰がありました。豊臣秀吉に仕え、朝鮮出兵の先鋒として活躍しながら、裏では平和を模索する二重外交を展... -
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福島正則ー豊臣の忠臣から徳川に排除された武将の波乱の生涯
【はじめに】 戦国時代の勇猛果敢な武将として知られる福島正則。豊臣秀吉の親族として「賤ヶ岳七本槍」に名を連ね、関ヶ原の戦いでは東軍の先鋒を務めた彼は、なぜ最期に49万石から4万5000石へと91%もの領地を失う屈辱的な転落を経験したのでしょうか。城... -
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柴田勝家ー信長を裏切った男が、なぜ最も忠実な家臣となったのか
【はじめに】 戦国時代、一度は主君に刃を向けた男が、後に最も信頼される重臣へと変貌を遂げました。その名は柴田勝家。「瓶割り柴田」「掛かれ柴田」の異名で知られる猛将は、織田信長の天下統一事業を最前線で支え続けました。しかし、本能寺の変後に起...