田中吉政 | 三つの都市を作った戦国時代の「土木の天才」

目次

はじめに

「戦国武将=戦いで出世した人」というイメージを持っている方は多いのではないでしょうか。
しかし、刀ではなく「土木技術」で三十二万石の大名にまで上り詰めた武将がいます。
それが田中吉政です。
近江八幡・岡崎・柳川という三つの都市で、今なお使われ続けるインフラを築いた彼の生涯を、わかりやすく紹介します。


田中吉政ってどんな人?

田中吉政は、天文17年(1548年)に近江国(現在の滋賀県)で生まれました。
農民の出身とされ、最初は地元の領主・宮部継潤に仕えています。
やがて豊臣秀吉の甥・秀次の傅役(教育係)となり、筆頭家老にまで出世しました。

吉政の特徴は、合戦での武功よりも「まちづくり」の実力で評価され続けた点にあります。
測量や土木工事の現場に自ら立ち、農地の開墾では畦道で弁当を食べながら指揮を執ったという記録も残っています。


近江八幡──近江商人のルーツを作った城下町

天正13年(1585年)、秀次が近江八幡43万石の城主となると、吉政は筆頭家老として城下町の建設を担当しました。

吉政が手がけた主な事業は次の通りです。

  • 八幡堀の開削
    琵琶湖と城下町を直接つなぐ人工水路を掘り、物流と防衛を同時に実現しました。
  • 碁盤目状の町割り
    安土城下から商人や職人を移住させ、整然とした街区を整備しています。
  • 楽市楽座の導入
    天正14年(1586年)、秀次が「八幡山下町中掟書」13箇条を発布し、自由な商取引を制度化しました。

これらの都市基盤によって商人たちが集まり、のちに「三方よし」の理念で知られる近江商人の発展につながりました。


岡崎──東海道「二十七曲り」の設計者

天正18年(1590年)、徳川家康が関東に移された後、吉政は三河国岡崎に5万7400石で入りました。

岡崎で吉政が実行したのは、東海道を城下町の中に引き込むという大胆な計画です。
道を何度も直角に曲げた「二十七曲り」は、敵が城に一直線に攻め込めないようにする防衛策でした。
同時に、曲がりくねった道は旅人が城下を通り抜けるのに時間がかかるため、宿や商店にお金を落とす経済効果も生んでいます。

城の周囲には「田中堀」と呼ばれる堀と土塁を巡らせ、近世城郭都市の基礎を築きました。
文禄5年(1596年)には加増されて10万石の大名となっています。


関ヶ原──石田三成を捕らえた決定的な功績

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、吉政は東軍(徳川方)に加わりました。

戦後、吉政は近江出身の地理知識を活かし、逃亡中の石田三成の捜索を家康に申し出ます。
9月21日、家臣の田中伝左衛門らが近江国伊香郡古橋村で三成を捕縛しました。
吉政と三成は同じ近江の出身で旧知の間柄であり、捕縛後にニラ粥でもてなしたという逸話が『常山紀談』に伝わっています。

この功績により、吉政は筑後国(現在の福岡県南部)32万5千石の大名に大抜擢されました。


柳川──水の都を完成させた集大成

慶長6年(1601年)に柳川城に入った吉政は、土木技術の集大成ともいえる事業に取り組みます。

慶長本土居の築造
有明海沿岸に潮止めの堤防を計画し、慶長7年(1602年)には三郡の人足を動員して大規模な築堤工事を実施しました。
この堤防の内側を干拓して広大な新田を開発し、藩の農業基盤を強化しています。

掘割の整備
城の防御用水路を大規模に拡張し、農業用水・生活用水・物資の運搬・軍事防衛を一つの水路網で実現しました。
この掘割は現在も柳川市全域に残り、川下りの観光資源としても親しまれています。

治水事業
筑後川の蛇行をショートカットする捷水路の開削にも着手しました。
岩盤に阻まれて吉政の代には完成しなかったものの、筑後川治水の最初の試みとして記録されています。

慶長14年(1609年)、吉政は江戸参府の途上、京都伏見で亡くなりました。
享年62歳です。


まとめ

田中吉政は、戦国時代において「土木」という武器で三つの都市を築いた異色の武将でした。
近江八幡の八幡堀、岡崎の二十七曲り、柳川の掘割──いずれも400年以上が経った現在でも、地域の暮らしや観光を支え続けています。
派手な合戦の陰に隠れがちですが、「まちづくり」で歴史に足跡を残した人物として、もっと注目されてもよい存在ではないでしょうか。


参考文献

  • 近江八幡の城下町と近江商人(丹羽諭、Web-ProPhoto.com)
  • 岡崎市まちなみ景観整備計画 第1章(岡崎市企画総務部行政経営課・景観課、2015年)
  • 「Q.二十七曲りについて知りたい。」(岡崎市公式サイト、2023年更新)
  • 柳川市指定文化財 慶長本土居跡概要(柳川市教育委員会、2016年)
  • 筑後川の治水事業の歴史(国土交通省九州地方整備局筑後川河川事務所、2023年)
  • 水に浮かぶ町「柳川」(建設コンサルタンツ協会、Civil Engineering Consultant VOL.234、2007年)
  • 「八幡山下町中掟書」(ADEAC目録、近江八幡市所蔵、国指定重要文化財)
  • 堀江登志実『近世の矢作橋 日本一長い橋』(愛知大学綜合郷土研究所ブックレット30、2020年)
  • 半田隆夫「田中吉政公とその時代」(田中吉政公顕彰会)
  • 矢作川の歴史(国土交通省中部地方整備局)
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA



reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。

目次