鳥取城の悲劇:秀吉の「渇え殺し」が示す戦国最恐の兵糧攻め

目次

はじめに

戦国時代、数々の名将が知恵を絞った攻城戦の中でも、とりわけ凄惨を極めた戦いがあります。
それが1581年に起きた鳥取城籠城戦です。
「鳥取の渇え殺し(かつえごろし)」として後世に語り継がれるこの戦いは、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が織田信長の命を受けて行った兵糧攻めでした。
わずか4ヶ月の包囲で城内は地獄と化し、人肉食まで発生したと記録されています。
秀吉はなぜ、どのようにしてこれほどまでの惨状を生み出したのでしょうか。
史料に基づき、この戦いの全貌を解き明かします。

目次

  1. 戦いの背景:織田vs毛利の最前線
  2. 秀吉の周到な準備:見えない戦いは始まっていた
  3. 完全包囲網の構築:逃げ道のない要塞
  4. 地獄の籠城:飢餓がもたらした惨劇
  5. 吉川経家の決断:武士の誇りと最期
  6. 戦いの影響:恐怖と教訓
  7. 参考文献

2. 戦いの背景:織田vs毛利の最前線

天正9年(1581年)、織田信長による天下統一事業は中国地方の攻略段階に入っていました。
信長は羽柴秀吉を総大将に任命し、中国地方最大の勢力である毛利氏との対決を進めていました。

鳥取城は因幡国(現在の鳥取県東部)に位置する戦略的要衝でした。
前年の天正8年、秀吉の第一次攻撃で城主の山名豊国は降伏しましたが、秀吉軍が撤退すると城内の親毛利派が豊国を追放し、再び毛利方に寝返りました。
毛利氏は吉川経家を新たな城主として派遣し、防衛体制を強化しました。

経家は石見国福光城主で、毛利家の重臣・吉川元春の一族でした。
彼は1581年3月18日、400名の家臣とともに鳥取城に入城しました。
経家は討死を覚悟しており、出発前に家督を13歳の嫡男に譲り、自らの「首桶」まで持参したと伝えられています。


3. 秀吉の周到な準備:見えない戦いは始まっていた

秀吉の鳥取城攻略は、軍勢が城を包囲する前から始まっていました。
三木城攻めで約2年を費やした経験から、秀吉は兵糧攻めの効率化を学んでいたのです。

経済的封鎖の試み

江戸時代の軍記物『陰徳太平記』には、秀吉が若狭国から商船団を派遣し、因幡国の米を通常価格の2倍で買い占めたという記録があります。
ただし、現代の研究では、この買い占め作戦を裏付ける確実な一次史料は確認されていません。

確実なのは、前年の戦乱と天候不順により、因幡国では深刻な米不足が発生していたことです。
経家が入城した時点で、城内の備蓄は極めて少なかったとされています。

補給路の事前遮断

秀吉は但馬国から因幡国へ通じる陸路の要所を制圧し、鹿野城に亀井茲矩を配置しました。
また、南条元続や宇喜多直家と連携し、毛利方の援軍ルートを多方面から封鎖しました。
海路についても、細川藤孝らの水軍を展開させ、制海権を確保する準備を進めていました。


4. 完全包囲網の構築:逃げ道のない要塞

1581年6月25日、秀吉は姫路城を出陣しました。
7月12日には鳥取城東方の帝釈山(のちの太閤ヶ平)に本陣を構え、約2万の兵力で包囲網の構築を開始しました。

70箇所の陣城と12kmの包囲線

秀吉軍は鳥取城周辺の丸山、雁金山、天徳寺山などに小規模な陣城を約70箇所も築き、総延長12km以上の包囲線を形成しました。
各陣城は土塁、堀、柵、逆茂木(先端を尖らせた木杭)で接続され、隙間なく城を取り囲みました。

吉川家文書によれば、この防御施設は驚くべき速さで完成し、毛利側の家臣は「これだけ厳重に囲まれては、いかに知将の経家といえども打つ手がない」と記録しています。

海上封鎖の徹底

秀吉は細川藤孝の家臣・松井康之を伯耆国泊へ派遣し、毛利方の支援船団を焼き払いました。
9月16日の湊川口の戦いでは、松井康之が毛利水軍を撃退し、海路からの補給も完全に遮断されました。
吉川元春が率いる援軍は鳥取城の西約40kmまで進軍しましたが、秀吉の包囲網を突破できず、引き返すしかありませんでした。

人口密度の兵器化

包囲網が完成すると、周辺の農民や避難民が次々と城内へ流入しました。
秀吉軍は村落を焼き払わず、その存在自体がもたらす恐怖によって人々を唯一の避難場所である鳥取城へと追いやったとされています。

元々の城兵約1,500名に避難民が加わり、城内人口は3,000~4,000人規模に膨れ上がりました。
限られた食料を多数の人間が消費することで、飢餓の進行は急速に早まったのです。


5. 地獄の籠城:飢餓がもたらした惨劇

包囲開始から約1ヶ月後の8月、城内で餓死者が出始めました。
『信長公記』などの同時代史料には、その凄惨な状況が克明に記録されています。

飢餓の段階的進行

最初は城内の家畜、特に戦闘用の軍馬を殺して食用にしました。
次に草木の根、樹皮、虫、トカゲ、蛇など、あらゆる生物を口にしました。
9月になると全ての食料が尽き、ついに禁断の一線が破られました。
人肉食です。

『信長公記』は次のように記しています。
「餓鬼のごとく痩せ衰えたる男女、柵際へより、もだえこがれ、引き出し助け給へと叫び、叫喚の悲しみ、哀れなるありさま、目もあてられず」

『豊鑑』には「子供は自分の親の死肉を食べ、弟は兄の死肉を食べている」との記述があります。
城外への脱出を試みた者は秀吉軍の銃撃で倒され、その遺体さえも飢えた人々の食料となりました。

心理戦の実施

秀吉軍は心理的圧迫も加えました。
城から見える位置で食事を摂らせ、飢えた籠城者に対する拷問のような状況を作り出しました。
また、昼夜問わず威力偵察を行い、睡眠を妨害することで体力と士気を消耗させました。


6. 吉川経家の決断:武士の誇りと最期

約4ヶ月の籠城の末、10月になると城内の状況は限界に達しました。
毛利本隊からの救援は絶望的となり、経家は重大な決断を下します。

最期の手紙

10月24日、経家は従兄弟の吉川経言(のちの吉川広家)に宛てて自筆の手紙を書きました。
現存するこの手紙には、「日本二つ之御弓矢堺」(織田と毛利という日本を二分する勢力の最前線)に立つ自分の境遇を記し、「ここで切腹することは末代までの名誉」と覚悟を述べています。

子供たち宛ての遺書は、子供でも読めるよう仮名書きで記されていました。
「鳥取のこと、昼夜二百日こらえたが、兵糧が尽き果てた。そこで私一人が役に立ち、みんなを助けて、吉川一門の名を上げた」

切腹と開城

秀吉は当初、経家の武勇を惜しみ、助命を提案しました。
しかし、経家はこれを拒否し、城兵と領民の命を救うことを条件に、自らの切腹を申し出ました。
織田信長の許可を得て、10月25日早朝、経家は35歳の生涯を閉じました。

『豊鑑』によれば、経家は家臣たちと別れの盃を交わし、「内々稽古もできなかったから、不調法な切りようになろう」と大声で述べてから切腹したといいます。
秀吉は経家の首を検分し、「哀れなる義士かな」と涙を流したと伝えられますが、この逸話を裏付ける確実な同時代史料は確認されていません。


7. 戦いの影響:恐怖と教訓

鳥取城の開城後、秀吉は生存者に大鍋で粥を振る舞いました。
しかし、長期の飢餓で衰弱しきった人々の多くが、急激な栄養摂取に体が対応できず死亡しました。
『信長公記』には「食に酔いて過半数が頓死した」と記録されています。
これは現代医学でいう「リフィーディング症候群」で、2023年の医学論文でも分析されています。

戦略的成果

鳥取城の陥落により、因幡国は完全に織田方の支配下に入りました。
秀吉は三木城攻めに約2年を要したのに対し、鳥取城はわずか4ヶ月で落としました。
事前準備の重要性を実証したのです。

「鳥取の渇え殺し」の凄惨さは、「三木の干殺し」「高松の水攻め」とともに「秀吉三大城攻め」として戦国史に刻まれました。
この戦いは周辺勢力に「秀吉に逆らえばこうなる」という強烈な恐怖を植え付け、その後の中国攻略を円滑に進める心理的効果をもたらしました。

遺された教訓

鳥取城籠城戦は、戦争の残酷さと人間の尊厳を問いかける歴史的事件です。
秀吉の戦略は軍事・経済・心理・政治を統合した総合的なもので、後の豊臣政権の統治手法の原型となりました。
同時に、極限状態における人間の姿を赤裸々に示す記録として、現代においても重要な教訓を提供しています。


参考文献

一次史料

  • 『信長公記』太田牛一著(国立国会図書館デジタルコレクション)
  • 『石見吉川家文書』吉川経家書状(東京大学史料編纂所、国立公文書館)
  • 『新鳥取県史 資料編 古代中世1 古文書編』鳥取県編(2015年)

二次資料

  • 『陰徳太平記』(江戸時代初期成立)
  • 『豊鑑』竹中重門(江戸時代初期)
  • 岡村吉彦「第137回県史だより:織田信長の因幡出陣計画と秀吉の鳥取城攻め」鳥取県県史編纂室(2016年)
  • Kano, Y., Aoyama, S., Yamamoto, R. “Hyoro-zeme in the Battle for Tottori Castle: The first description of refeeding syndrome in Japan” American Journal of the Medical Sciences, Volume 366, Issue 4 (2023年)

その他

鳥取市観光コンベンション協会「幻の一大決戦!秀吉vs毛利〜真説鳥取城の戦い〜」

鳥取市歴史博物館展示資料

鳥取県教育委員会『中世 秀吉の鳥取城攻め―日本二つ之御弓矢堺―』(2017年)

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