算盤勘定と先端技術の両立ー17歳の藩主が築いた佐賀藩イノベーション

目次

はじめに

破綻寸前の藩を17歳で引き継いだ若き藩主が、わずか35年で日本初の実用蒸気船を完成させた―。
これは幕末、肥前佐賀藩で実際に起きた物語です。
鍋島直正という藩主は、「算盤大名」と呼ばれるほど徹底した財政改革を断行する一方で、当時最先端だった西洋技術の研究開発に大胆な投資を行いました。
現代の経営戦略にも通じる「守りと攻めの二刀流」で、小藩でありながら日本の近代化に大きく貢献した佐賀藩の挑戦を追います。

目次

  1. 17歳の藩主が直面した財政危機
  2. 「算盤大名」による徹底した改革
  3. 守りから攻めへ:産業振興で基盤づくり
  4. 先端技術への集中投資:精錬方の設立
  5. 日本初の実用蒸気船「凌風丸」の誕生
  6. 佐賀藩の成功が示すもの
  7. 参考文献

1. 17歳の藩主が直面した財政危機

1830年(天保元年)、鍋島直正はわずか17歳で佐賀藩の第10代藩主となりました。
しかし、彼を待っていたのは栄光ではなく、破綻寸前の藩財政でした。

江戸から佐賀への帰国途中、品川宿で異変が起こります。
藩主の行列が突然停止したのです。
理由は、江戸藩邸に米や味噌を売っていた商人たちが、支払いを求めて座り込んだからでした。
日用品すら払えない状態――若き藩主は、この屈辱的な経験を通じて藩の窮状を痛感します。

財政危機には構造的な原因がありました。
1808年のフェートン号事件以来、佐賀藩は長崎警備の責任を幕府から課せられ、その費用負担が続いていました。
さらに1828年のシーボルト台風で約1万人が犠牲になる大被害を受け、先代藩主の浪費も重なっていたのです。
佐賀大学の研究によれば、将軍家の娘との婚儀費用や米価の低迷も財政を圧迫していました。

2. 「算盤大名」による徹底した改革

直正が最初に着手したのは、容赦ない歳出削減でした。
1835年の佐賀城火災を機に本格的な改革を始め、藩役人の約3分の1にあたる約420人を解雇します。
これは単なる経費削減ではなく、改革に抵抗する旧勢力を排除する狙いもありました。

借金整理も強引でした。
債権者に借金の8割を諦めてもらい、残りの2割だけを50年分割で返済するという手法です。
商人たちは直正を「算盤大名」と呼びました。
政治権力を背景にした事実上の借金踏み倒しでしたが、藩の存続には必要な措置だったのです。

直正自身も率先して質素倹約を実践しました。
粗衣粗食令を発し、江戸屋敷の経費や参勤交代の規模を大幅に縮小します。
一方で、有能な人材は身分にとらわれず抜擢する柔軟さも持ち合わせていました。

3. 守りから攻めへー産業振興で基盤づくり

緊縮財政と並行して、直正は「攻め」の産業振興にも着手しました。
最も重要だったのが、伝統的な特産品の再興です。

有田焼の海外輸出を再開したのは、その象徴的な例です。
1841年、有田の豪商・久富与次兵衛が販売権を獲得し、「蔵春亭三保造」というブランド名を製品に記載しました。
これは日本初の自社ブランド戦略とされています。
17世紀から18世紀初頭にヨーロッパで人気を博した有田焼が、再び国際市場に復帰したのです。

他にも、白蝋(ろうそく原料)の生産再興、茶園の開発、石炭採掘への投資など、藩内の資源を活用した殖産興業を推進しました。
これらの特産品は藩財政再建の基盤となり、西洋技術導入の資金源としても機能したのです。

4. 先端技術への集中投資ー精錬方の設立

財政が好転すると、直正は次の段階へ進みます。
1852年(嘉永5年)11月、理化学研究所「精錬方(せいれんかた)」を設立したのです。

精錬方は単なる兵器工場ではありませんでした。
当初は反射炉での大砲製造を支援するため、洋書の翻訳や火薬研究を行っていましたが、すぐに研究範囲を拡大します。
蒸気機関、電信機、写真、ガラスなど、当時の最先端技術を幅広く研究する総合的な研究機関へと発展しました。

精錬方の成功の鍵は、近代的な研究開発体制にありました。
主任には後に日本赤十字社を創設する佐野常民が就任し、以下のような明確な分業体制を構築します。

  • 翻訳担当(石黒寛次):オランダの技術書を翻訳し、西洋の科学理論をインプット
  • 理論研究担当(中村奇輔):化学的・物理的原理を解明
  • 製作担当(田中久重父子):理論を具体的な機械として実装

「からくり儀右衛門」として知られる田中久重は、後に東芝の前身となる会社を創業する天才技術者でした。
この「翻訳→理論→製作」というプロセスは、西洋技術の単なる模倣を超えた、理論的理解に基づく技術開発を目指すものだったのです。

1853年、ロシア提督プチャーチンが長崎で蒸気機関車の模型を実演したことに刺激を受け、精錬方は蒸気機関の研究を本格化させます。
1855年には蒸気車と蒸気船の精巧な模型を完成させました。
全長約40センチメートルの蒸気車模型は、銅製ボイラーと真鍮製シャーシを持つ実動モデルで、現在は佐賀県の重要文化財として保存されています。

5. 日本初の実用蒸気船「凌風丸」の誕生

模型製作で基礎技術を習得した後、佐賀藩は実用船の建造へと進みます。
1854年頃、蒸気船の自前建造を決定し、三重津海軍所を拠点として準備を進めました。

建造に至る過程は周到でした。
オランダから蒸気船「電流丸」を購入し、田中久重らが解体・研究を行います。
さらに、他藩や幕府から蒸気ボイラーの製造を請け負うことで、実用レベルの技術を蓄積していきました。
模型製作→受託製造→自前建造という三段階のプロセスは、技術開発における戦略的なステップアップだったのです。

1863年4月、ついに実用蒸気船の起工式が行われました。
責任者は佐野常民と中牟田倉之助、技術担当は田中久重父子です。
建造には2年半を要し、1865年10月、日本初の実用蒸気船「凌風丸(りょうふうまる)」が竣工しました。

凌風丸のスペックは、全長18.2メートル、幅3.3メートル、出力10馬力の木造外輪船です。
船体には耐水性に優れたクスノキ材を使用し、船底には西洋の防汚技術である銅板被覆を施すなど、在来技術と西洋技術の巧みな統合が見られます。

「日本初」の意義は、薩摩藩の「雲行丸」(1855年完成)との比較で理解できます。
雲行丸は設計上12馬力とされましたが、実際は2〜3馬力程度で、実験的な性格の強い船でした。
対照的に凌風丸は、竣工直後から実務に投入されています。

1866年2〜3月には幕府の高級官僚(大目付)の送迎という重要任務に使用され、1868年には藩主・直正自身が乗船しています。
1871年には直正の夫人が江戸へ移動する際の長距離輸送にも用いられました。
廃藩置県後も公的資産として継承され、約5年間にわたって継続的に運用された記録が残っているのです。

6. 佐賀藩の成功が示すもの

鍋島直正の藩政改革は、現代の経営戦略にも通じる教訓を含んでいます。

第一段階:徹底した「守り」 ― 緊縮財政、人員削減、債務整理により財政基盤を固める

第二段階:「攻め」への転換 ― 殖産興業で収入を増やし、余剰資金を創出する

第三段階:先端技術への投資 ― 研究開発にとどまらず、実用製品として具現化する

この三段階モデルの成功要因は、各段階が明確な成果を生んでいる点にあります。財政再建が藩の存続を可能にし、産業振興が収入源となり、技術開発が軍事力向上につながりました。戊辰戦争時には「佐賀藩兵40名が他藩1000名に匹敵する」と評価されるほどの技術力を獲得したのです。

実質的な石高がわずか6万石程度の小藩でありながら、佐賀藩が日本の近代化に大きく貢献できたのは、この戦略的な資源配分によるものでした。
佐野常民は明治政府で活躍し、田中久重は日本の電機産業の礎を築き、三重津海軍所は明治海軍の発展に貢献します。

17歳の若き藩主が品川宿で味わった屈辱から35年後、日本初の実用蒸気船を完成させる――この物語は、財政規律と技術革新が矛盾しないことを示しています。
「算盤大名」という呼称は、単なるケチではなく、限られた資源を戦略的に配分する経営手腕への評価だったのかもしれません。
現代の「イノベーション駆動型成長」に先駆けること150年、佐賀藩は「算盤勘定と先端技術の両立」を実証したのです。

参考文献

  1. 佐賀市教育委員会『幕末佐賀藩 三重津海軍所跡』調査報告書シリーズ(2012-2014)
  2. 佐賀市公式サイト「佐賀藩の取り組み」https://www.city.saga.lg.jp/main/3856.html
  3. 佐賀県立佐賀城本丸歴史館「幕末維新期の佐賀」https://saga-museum.jp/sagajou/about/ishin.html
  4. 佐賀市公式「精煉方跡」https://www.city.saga.lg.jp/main/3855.html
  5. 佐賀大学地域学歴史文化研究センター『文化文政期の佐賀藩財政(1)』(2024)
  6. 国立国会図書館「近代日本人の肖像」鍋島直正 https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/154/
  7. 坂本賢三「幕末期輸入船とその主機」『日本舶用機関学会誌』第18巻第6号(1983)
  8. 佐賀市観光協会「三重津海軍所跡」https://www.sagabai.com/main/?cont=kanko&fid=521
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