ジャンヌ・ダルクー神の声を聞いた少女が変えたフランスの運命

目次

はじめに

19歳で火刑に処された一人の少女が、なぜ600年経った今も世界中で語り継がれるのでしょうか。
字も読めない農家の娘が、なぜフランス王国を救う英雄となり得たのか。
そして、国を救った少女を、なぜ誰も助けなかったのか。

ジャンヌ・ダルクの物語は、信仰と勇気、そして権力と政治の冷酷さが交錯する、中世ヨーロッパ史上最も劇的な実話です。
彼女の生涯をたどることで、私たちは人間の持つ可能性と、時代の制約の両方を見ることになります。

目次

  1. 農村の少女から神の使者へ
  2. シノン城での運命的な出会い
  3. オルレアンの奇跡と連戦連勝
  4. 戴冠式の実現と影響力の低下
  5. 捕縛と見捨てられた救世主
  6. 政治的裁判と悲劇の結末
  7. その後の名誉回復
  8. 参考文献

農村の少女から神の使者へ

1412年頃、フランス東部のドンレミ村で、ジャンヌ・ダルクは農家の娘として生まれました。
父ジャック・ダルクは約20ヘクタールの土地を持つ自作農で、村の徴税官も務める比較的裕福な家庭でしたが、ジャンヌ自身は読み書きができませんでした。

当時のフランスは百年戦争の真っ只中にあり、イングランドとブルゴーニュ派によって国土の大半が占領されていました。
1420年のトロワ条約により、フランス王位継承権がイングランド王家に移され、正統な王太子シャルルは南部に追いやられていたのです。

1425年頃、13歳のジャンヌは父の庭で初めて「神の声」を聞いたと後に証言しています。
大天使聖ミカエル、聖カタリナ、聖マルグリットが「フランスを救え」「王太子をランスで戴冠させよ」と命じたというのです。
以後、週に2、3回この声を聞くようになった彼女は、次第に自分の使命を確信していきました。

シノン城での運命的な出会い

1428年から1429年にかけて、ジャンヌはヴォークルールの守備隊長ロベール・ド・ボードリクールに3回接触します。当初は門前払いされましたが、オルレアン包囲戦の悪化を予言したことなどから、最終的に6人の護衛をつけてシノン城への旅を許可されました。

1429年2月、男装したジャンヌはブルゴーニュ派の支配地域を夜間に通過し、約150リーグ(約600キロメートル)の危険な旅を経てシノン城に到着します。

王太子シャルルとの謁見については、「変装した王太子を群衆の中から見抜いた」という有名なエピソードがあります。
しかし、同時代の一次資料にこの記述はなく、後世の創作または誇張である可能性が高いとされています。
実際には、王が玉座を避けて廷臣の中に紛れるという儀礼的な試練であったと考えられます。

重要なのは、ジャンヌが王太子に「あなたは真の王位継承者である」と告げた点です。
当時、シャルルは自身の出生に疑念を抱いており、これが彼の最大の弱点でした。
神の代理人としてのジャンヌの保証は、王としての自信を取り戻させる決定的な精神的根拠となったのです。

ジャンヌはその後、ポワティエで神学者による3週間の審査を受けました。
「証拠はオルレアンで示す」と繰り返す彼女に対し、審査委員会は「悪意は見当たらない。オルレアンで試すべきである」と結論づけ、軍への同行を認めたのです。

オルレアンの奇跡と連戦連勝

1429年4月29日、ジャンヌはフランス軍とともにオルレアンに到着しました。
白地に百合とイエスの名を描いた旗を掲げた彼女の登場は、7ヶ月間包囲されていた町の人々に希望をもたらします。

5月7日、レ・トゥレル要塞攻略の際、ジャンヌは矢で負傷しながらも指揮を続け、翌5月8日にはイングランド軍が撤退してオルレアン包囲戦は終結しました。
この勝利は百年戦争の転換点となったのです。

勢いに乗ったフランス軍は、ジャンヌの積極的な戦術により、6月にはロワール渓谷の諸都市を次々と解放していきます。
6月18日のパテーの戦いでは、イングランド軍約2,500人を討ち取り、フランス軍の損失はわずか約100人という圧勝を収めました。
これは、それまで無敵とされていたイングランド長弓兵の神話を打ち破る歴史的勝利でした。

戴冠式の実現と影響力の低下

1429年7月17日、ランスの大聖堂でシャルル7世の戴冠式が執り行われました。
ジャンヌは王の傍らで軍旗を掲げて立ち、神から託された使命を果たした瞬間でした。
この戴冠により、シャルル7世の正統性が内外に示されたのです。

しかし、その後の展開は彼女にとって厳しいものとなります。
9月8日のパリ攻撃は失敗に終わり、ジャンヌは太ももに負傷しました。
シャルル7世は翌日撤退命令を出し、ブルゴーニュ派との外交的和解を優先する方針に転換します。
これ以降、宮廷内でのジャンヌの影響力は急速に低下していきました。

宮廷の寵臣ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユらは、攻撃的な主戦論者であるジャンヌの存在が外交交渉の障害になると考えていたのです。

捕縛と見捨てられた救世主

1430年5月23日、コンピエーニュでブルゴーニュ軍に包囲された町を救援中、ジャンヌは捕虜となりました。
撤退する味方を守るため最後まで戦った彼女は、城門の跳ね橋が上がったため逃げ遅れたのです。

当時の戦争慣習法では、捕虜は身代金を支払えば解放されるのが通例でした。
ブルゴーニュ派からイングランドへの身柄売却価格は10,000リーヴル・トゥルノワ。
これは貴族の標準的な身代金額でしたが、シャルル7世は「貧困」を理由に支払いを拒否し、救出の動きも見せませんでした。

なぜ王は恩人を見捨てたのでしょうか。
王室財政の破綻、異端審問という法的障壁、そしてブルゴーニュとの和平を優先する外交戦略の転換が重なった結果でした。
フランスを救った少女は、政治的に「損金処理」されたのです。

政治的裁判と悲劇の結末

1430年11月、ジャンヌはイングランドに売却され、ルーアンに移送されました。
1431年1月から5月まで、ボーヴェ司教ピエール・コーション主導のもと、131人の聖職者が参加する異端裁判が開かれます。

しかし、この裁判は形式上は教会法に基づく異端審問でしたが、実質的にはシャルル7世の正当性を否定するための政治裁判でした。
イングランド当局が資金提供し、裁判官のほとんどがブルゴーニュ派・イングランド派だったのです。

裁判で最も有名なのは「神の恩寵の内にいるか」という罠質問です。「はい」と答えれば傲慢、「いいえ」と答えれば自ら罪を認めることになります。
ジャンヌは「もし恩寵の内にいないなら、神がそこに置いてくださいますように。もし恩寵の内にいるなら、神がそこに留めてくださいますように」と回答し、法廷を唖然とさせました。

5月24日、恐怖のもとで一時棄教し女性服を着用したジャンヌでしたが、4日後に牢番からの性的暴行未遂により、自己防衛のため男性服着用を余儀なくされます。
これが「異端再犯」とされ、死刑判決が下されたのです。

1431年5月30日、ルーアンの旧市場広場で、ジャンヌは火刑に処されました。
炎の中で「イエス」の名を叫び続けたと記録されています。
わずか19歳の死でした。

その後の名誉回復

1455年から1456年にかけて、シャルル7世の要請で復権裁判が実施されます。
115人以上の証人が尋問を受け、1431年の裁判は「詐欺、中傷、不正、矛盾、明白な事実と法の誤り」により「無効」と宣言されました。
1456年7月7日、ジャンヌは完全に無罪となり、処刑場所に十字架建立が命じられたのです。

さらに1909年に列福、1920年に教皇ベネディクトゥス15世により列聖され、現在ではフランスの守護聖人の一人として敬われています。

ジャンヌ・ダルクの生涯は、一人の人間の信念と勇気が歴史を動かし得ることを示すと同時に、権力の冷酷さと政治の非情さをも物語っています。
彼女の物語が今なお多くの人々の心を打つのは、その二面性のためなのかもしれません。

参考文献

  • Procès de condamnation de Jeanne d’Arc(Pierre Champion編、Daniel Hobbins英訳、1920年、2005年)Harvard University Press
  • Procès de réhabilitation(Pierre Duparc編、Régine Pernoud編英訳、1977-1989年)Société de l’Histoire de France
  • 高山一彦編訳『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』白水社、2015年
  • Daniel Hobbins “The Trial of Joan of Arc” Harvard University Press、2005年
  • Kelly DeVries “Joan of Arc: A Military Leader” Sutton Publishing、1999年
  • Marina Warner “Joan of Arc: The Image of Female Heroism” Oxford University Press、2013年
  • Wikipedia “Trial of Joan of Arc”, “Joan of Arc”(2025年版)
  • UNC Greensboro – Joan of Arc primary sources(UNCG歴史学部、2025年版)
  • Forteresse de Chinon公式サイト(フランス文化省管轄、2025年版)
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